第十九話




「……結構おいしいよ。食べる?」

「う〜〜無理無理。よくそんな甘ったるいの食べれるッスねー」


生クリームにチョコレートソースがたっぷりかかったパフェを目の前にして、聞き耳は顔をしかめて首を振った。自分の薦めたものを否定されて気分を害されたのか、カシウスは頬を膨らませてパフェを自分の方に寄せた。
ここは2年1組主催の、「メイド喫茶」である。その名の通り、従業員たちは期待にたがわずきわどいメイド服を身につけており、本来なら男性客でにぎわいそうな趣だが、むしろ多いのは女性客であった。それもそのはず、フリルの白いエプロンを身に付けた従業員たちは、皆男子生徒であった……。


「やだぁ、見てよ、マジキモ〜い」

「でもあの子すっごいかわいいじゃん♪ あれ誰誰??」

「ジョルジュ君じゃない? 童顔だからかな、こういうの似合うよね〜」

「似合いすぎ! やばい、本3冊はいけそう!」

「いけるいける! やっぱりそしたら……攻めはアルマンドよね?(ニヤリ)」

「それも王道でいいけど、同じ系統で2組のシャンドールとか……(ニヤニヤリ)」

「あ〜見たい見たい!(ニヤニヤニヤァリ)」


何やらきゃぁきゃぁと不穏な囁きをかわしあっている女子生徒たちに、話題の的とされている本人は何も知らずに呑気に手を振ってあげているのだった。


「あにきぃ、俺似合ってるって! どう? どう?(*^_^*)」


嬉しそうにスカートの裾をつまんでポーズをとるジョルジュに、鏡に向かっていたアルマンドが振り返り、呆れたように溜息をついた。


「全く、何が嬉しいんだか。お前、メイド服が似合うなんて男として侮辱されてるに等しいんだぞ、わかってんのかコラ」

「……その割には兄貴も気合ばっちりだよね……(汗)」


教室に用意されたドレッサーの前で、化粧道具を持った数人の女子生徒たちに囲まれ、「付けまつげはもう少し自然なものを……チークはケバくなりすぎないようにキャメルオレンジだ。ハイライトも忘れないでくれよ、女装は骨格を隠すことが一番だいじなんだから……」などとぶつぶつ指示している兄貴の姿を見て、さすがのジョルジュも額を青くするのだった。基本的に、アルマンドは負けず嫌いである。



さて、カフェの形式はどのようなものかといえば、4つの机を班の形にくっつけ、チェックのテーブルクロスをしいて一つのテーブルとしている。サイドに置かれている手書きメニューは女子が作成したのであろう、色ペンや切りぬきなどが多用された、可愛らしいもので、メニューもコーヒーやオレンジジュース、サンドイッチなどの軽食からケーキまで用意した普通の喫茶店と同じようなものだった。


「俺、甘いものって駄目なんスよね〜。気持ち悪くなっちまう」

「……へぇ。そのコーラは、甘いものじゃないの?」


聞き耳の前に置かれたグラスを顎で示してカシウスが言った。


「バッカ、コーラは違うッスよ!! これはれっきとしたエネルギー源ッス!」

「……よくわかんない」

「いや、マジでマジで! ほら、カシウスも飲んでみ。翼を授かるから!」


そりゃレッドブルだ、と思いつつ、突っ込むのも面倒くさかったカシウスは、聞き耳が差し出したグラスを受け取った。


「……ちょっともらうね」

「うん。……って、何やってんスか! まぜちゃダメっすよ! 炭酸が抜けちゃうじゃないッスかぁ!」

「だって炭酸シュワシュワしてやだもん」

「バッおま……人が頼んだものを!(汗) これだからガキは……」

「砂糖ない? 砂糖。砂糖入れるとね、過酸化水素水に二酸化マンガンを入れた時みたいに、中に溶けてる二酸化炭素が気体になって……」

「だぁーーうっせぇ!!(汗汗汗)」


そんな風にわいわいやっている聞き耳とカシウスだったが。


「ああああぁぁぁカシウス、聞き耳といちゃいちゃしてるぅうう。言ってやろ〜ブルータスに言ってやろ〜〜〜」


背後から聞こえた耳障りなうっとおしい声にカシウスの肩がピクリと不穏な動きを見せた。この声は間違いない、同じクラスのバカで泣き虫のレオーだ。こいつは以前にカシウスに泣かされてからというもの、やたらとカシウスに絡んでくるのである。能無しの役立たずのくせにどうしてこう人をいらっとさせることに関しては天才的につぼを心得ているのだろう、とカシウスは額に青筋を浮かべながら思った。


「言ーってやろ〜言ってやろ〜カシウスが浮気してたって、ブルータスに言ってやろ〜〜♪」

「……聞き耳、相手にしちゃダメだよ」

「お、おう……(汗)」

「あれぇ、図星なのかなあぁああ?? ブルータスは今頃お化け役を頑張ってるって言うのにここぞとばかりに他の男とお茶してるなんて、本当に人って見かけによらな……」


バキッと暴力的な音がして、レオーの嫌味が止まった。背景に魔王のごとき暗いオーラを纏ったカシウスはレオーの口を片手でふさぎ、修羅のような顔で哀れな子羊を見下ろした。


「ぎゃああぁああぁぁああっっ(泣)」

「カ、カシウス!落ち着くッス!!(汗)」

「……レオー……黙って聞いてれば気色悪いことをぬけぬけと……。殺されたいの……?」

(き……気色悪いって言われた/汗)


聞き耳は地味にへこんだ。


「ブルータスが何だって……? お化け役? だからどうした。貴様、ブルータスが一体誰とお化け役頑張ってんのか、知ってんのか……(怒)」

「ひぃっ(涙)」

「誰とか知ってんのかって聞いてんだよ、コラ」

「ポっ……ポル」


華麗なアッパーパンチとともにレオーの体が宙を舞った……。


「貴様ぁッ、それ以上ブルータスのことを言ってみろ! 五体満足で帰れると思うなよ!」

「も……もう言えないから大丈夫ッスよ……(滝汗)」


シュウゥゥと古典的な擬音を白い煙とともに発してダラリと床に横たわるレオーをチラリと見ながら、興奮して目が血走っているカシウスをなんとかなだめて、椅子に座らせた。


「…………」

「……あ、あの。カシウス?(恐)」


恐る恐る話しかけた聞き耳の声を引き金に、カシウスの瞳から透明な雫がこぼれ落ちる。


「……うっ……ブルータスは今頃……ポルキアと……」

「だあぁあーわかったわかった! 泣くな!(汗) 何もないって! ブルータスみたいな女心わからないような奴が、手を出すわけないじゃないッスか!」

「手……? 手を、出す?」

(うああぁ面倒くせえ!/汗)


怒り狂ったかと思えば泣きだし、情緒不安定なヒステリック女のようなカシウスに頭を抱える聞き耳の肩を、誰かが叩いた。


「な、何……」

「話は大体わかったよ。俺たちが協力してやる」

「そうそう、兄貴に任せれば何も心配いらないって〜♪」

「……は?(汗汗汗)」


そこにはメイド服姿のくせにやたら得意げな表情のアルマンドとジョルジュがいた。露わな太ももが逞しい、絶対にご主人様の命令になど従わなさそうなメイド二人に対して警戒心むき出しの聞き耳だったが、彼らが秘密兵器として取り出したものにはさすがに頬を染めた。


「いつものプレイに飽きている貴方、たまには新鮮なプレイで彼の心に火をつけてみませんか?」

「マンネリ化したカップルにはやっぱりコレ!」

「「メイド服〜!!」」





……………………。





1年3組。出し物:お化け屋敷


「……やっぱり……恥ずかしいって……こんなの」

「何言ってるんだよ、カシウス! すっごく似合ってるよ! ねぇ、兄貴!」

「あぁ、悔しいけど、正直負けたなって思いました」

(何が?/汗)


廊下でぐずぐずしている彼らを見て、ヒュゥーと口笛を吹いて茶化すものや、歓声を上げる女子たちにすっかり怖気づいてしまい、せっかくメイド服を着たというのにカシウスはなかなか教室に入れずにいた。


「大丈夫! こんなかわいいカシウスの姿を見たら、ブルータスだってイチコロだよ!」

「そうさ、これで何とも思わないのなら、ブルータスは今後インポテンスというあだ名をつけてやった方がいいぞ」

「呼ぶ方が恥ずかしいんだけど……(汗)」


躊躇うカシウスだったが、ここまでして今さらやめるわけにはいかない。何より、ブルータスとポルキアが何をしているのか気になって仕方がない。ならば自ら潜入するのみ。
アルマンドとジョルジュに背中を押されて、カシウスはお化け屋敷仕様になった馴染み深い教室に半ばよろけながら入っていった。


「えっ俺一人? あれ……聞き耳……」


両脇には段ボールの壁が天井まで続いており、暗く狭い通路が続いている。無情にも扉はガラガラと閉められ、明りが一切なくなってしまった。


「……うわ、これ、ちょっと本当に怖いじゃん……(汗) あはは……」


独り言で何とか恐怖をごまかそうとするカシウスだったが、彼の独り言に答える者などいるはずもなく、暗がりの中何も見えず、何も聞こえず、いよいよカシウスは本気で怖くなってきた。
ブルータスも一体どこに隠れているのかわからない。


「大丈夫……大丈夫……。私は、違う。私は、戦う……私が私でなくなるなら……いっそ死んだ方が……」


恐怖と緊張のあまり意味のわからないことを呟きだしたカシウスだったが。


ヒタッ


「……ッわああぁあああっっっっ!!!!」


何かぬるっとした冷たいものが突然額を撫で、カシウスは普段のクールキャラもかなぐり捨てて絶叫した。


「うわっ何、何か当たった、今何か当たったよコレ! 何なんだよもう気持ち悪いよホントもういやだもう帰る〜〜!!!!(泣)」

「……おいっ……大丈夫か!?」


すっかり腰が抜けてしまい立てなくなったカシウスを何者かが抱きかかえた。男が手にしている懐中電灯の明かりで、彼の体に包帯のようなものが巻かれているのが見えた。おそらくお化け役の誰かだろう。まさかこんなに驚かれるとは、お化けにしても想定外だったに違いない。


「うっ……ブ、ブルータス??」

「その声……カシウス?」


聞き覚えのある声にカシウスはようやく安堵して、男の腕に身をゆだねた。その時、懐中電灯が床に転がって、男の顔を照らしだした。


「……………………」

「……………………」

「……あの、君何してんの……?(汗)」

「いや、それはこっちのセリフなんだけど……しかしあんた、なんつー恰好してんだよ(汗)」

「……いや、それは……(赤面) っていうか君誰だっけ……(汗)」

「し、失礼な! アントニウスだ、アントニウス! 第8話でちょっとだけ登場しただろうが!(滝汗)」

「……そうだっけ……」


というか正式に登場したことは一度もないのだが……ともあれ、カシウスを抱きかかえる人物は麗しのブルータスではなく、カエサルの忠実な僕だと噂の、クラスではそこそこに頭がよくそこそこに運動ができるという、何をやらせてもそこそこのため、残念な存在感のアントニウスであった。カシウスは思いっきり落胆した。


「……お化け、ブルータスじゃなかった?」

「あいつに代わってくれって言われたんだよ。なんかどうしても約束があるからっていうから」

「約束……」


――じゃあ、ブルータスは俺との約束、守ろうとしてくれたんだ……。


思いがけないブルータスの行動に、カシウスはいたく感動し、その瞳を潤ませた。


「カシウス……大丈夫なのかよ?」

「……うん、何でもない。ごめん、大丈夫だから、もう降ろし……」


体を動かし降りようとするが、アントニウスは離そうとしない。何やら様子がおかしい。彼の太ももの上に抱えられている状態のカシウスは、腰のあたりに何か妙なものがあたっているのを感じた。妙に固く……そして熱い……突起物のような……と、そこまで考えてカシウスの思考は停止した。……アルマンドに言わせれば、アントニウスは男として合格であろう。


「………………」

「ふん、カシウス……。やらしー恰好だな……(ハァハァ)」


数秒後、1年3組のお化け屋敷はスプラッター劇場へと化したのであった……。




「あ、あれ!? ブルータス、こんな所で何やってるんスか!?」

「え? 何って、ほら、カシウスと約束してたんだけど……、っていうかカシウス知らない?」

「…………(汗汗汗)」